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同人はコストがかかる
 モノを持つということは、コストがかかるものだ。企業なども、在庫が増えると収益に影響する。
モノは流通しなければコストがかかるため、やがて生産調整となるが、これは個人も同じことだ。身近なところでは、私たちの日常生活を『便利』にしてくれる家電というモノだが、これがけっこう狭い部屋を占領していたり、メンテナンスのために出費が発生することもある。
企業の施設や機械などは5〜10年単位で償却してゆくが、耐用年数が決められていて、年々価値は低下するばかり。やがてゼロ、になるということだ。クルマやテレビ、ワープロ、パソコンなど、いずれにしても「1年経てば価値が低下」するばかりだ。
 私が使用しているワープロにしても、10年前は50万円という値段だったが、今なら5万円も出せば購入できるのである。ならば、「いっそのこと借りてみたらどうだろう?」
というのがレンタルの発想なのだ。
モノを所有することが誇り、という時代は人間の長い歴史の中では『一過性』の習慣であることが、私にはようやくわかった。
私は若い頃は『無一文』だった。半世紀前、私は虚子の名句、「春風や、闘志抱きて丘に立つ」に夢を抱き、トランクひとつで東海道線で一晩かけて首都圏へやってきた。以来、雪ダルマ式にモノは増えるばかりだった。人並みにマイホームやクルマ、電化製品にこだわったからである。気が付けば、家具、調度、備品・・・こうしたモノが、決して広くはない部屋にあふれかえっていた。しかも、夢中になって整理してみれば、これらの90%は『ムダ』なものだった。
もし私の気持ちが、『フーテンの寅さん』のようにカバン一つだけだったら、どんなに気が楽だっただろう、そんなふうに悔いたりもしたけれど仕方がない。
 大方の本や雑誌は業者のトラックを依頼して処分した。近くの図書館へ出かければたいていのものは読むことができるにもかかわらず、『蔵書家』を自負していた私は、サイフをはたいて●●全集の類をよく購入していた。若いときにひと月分の給料をはたいて買った『マルエン全集』(マルクス・エンゲルス全集)を、不要になったため先日、古本屋に依頼して処分したのだけれど、なんと私の『日収分』にも満たなかった。読みもしないモノをこれまで、よく後生大事にツンドクしていたものだ。
 パーティで着用するタキシードにしても、客船の旅に参加する際「必要ですから」と脅かされ?てあやうく買いそうになったけれど、結局、あとあと着る場がないからと考え直して本当に良かった。お上から勲章を頂戴して宮内庁からお招きの通知でもあれば別だけれどね。


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